赦し、信じて、手放すブログ

オリジナル講座主宰/アドラーELMリーダー/言語聴覚士/小6双子の母。世界で1つのオリジナルの人生を歩む

親子それぞれの取扱説明書を作る

大人になるって楽しそう!
そう思える親子を増やしたい。

発達障害やグレーゾーンの子育てで、「子どもを変えなきゃ」「普通に近づけなきゃ」と一人で抱えていませんか。

私は、子どもを「普通」にする方法ではなく、その子らしく幸せに生きる方法を、一緒に探したい。
親にも子どもにも、それぞれの取扱説明書があります。

このブログで大切にしていること

療育を頑張ることだけが、親子の幸せではありません。
子どもに合う関わり方を見つけること。親自身も自分らしく生きること。学校や社会との橋渡しをすること。
その積み重ねが、子どもにとって「大人になるって楽しそう」と思える家庭を育てていくと考えています。

動画で学ぶ YouTubeでは伝えきれない内容を、noteで自分のペースで学べます。
一緒に整理する 60分の1:1相談で、今の困りごとを言葉にして整理します。
深く伴走する 本当に必要な方のみ、個別の継続サポートをご案内します。

【こんまり流】捨てられなかったのは、りんごカッターではなく「理想の未来」だった

「使っていないのに、なぜか捨てられない。」

こんまり流片付けをしていると、そんなモノに出会うことがあります。

使用頻度だけで考えれば、手放しても困らないはず。

それなのに、なぜか決断できない。

実はその理由は、モノそのものではなく、そのモノに託した未来への期待かもしれません。

先日、こんまり祭りをしていた時に、そんな気づきがありました。

 

 

 

使っていないりんごカッターを前に手が止まった

引き出しの中から出てきたのは、りんごカッター。

りんごの皮をむき、芯を取り、スライスまでしてくれる便利グッズです。

最近はりんごの価格も上がり、以前ほど買わなくなりました。

使う機会も減っています。

正直なところ、

  • 最近ほとんど使っていない

  • 洗うのが少し面倒

  • 他の果物にはあまり使えない

という状態。

こんまり流で考えれば、手放し候補に入ってもおかしくありません。

ところが、なぜか手が止まったのです。

 

私が見ていたのは「使用頻度」ではなかった

最初は、

「もったいないからかな?」と思いました。

でも、よく考えると違いました。

このりんごカッターを買った理由を思い出したのです。

我が家には、不器用さのある子どもがいます。

だから私は昔から、

「どうしたら自分でできるだろう?」

という視点で道具を選んできました。

 

包丁を使うのは難しいかもしれない。

でも、このりんごカッターなら自分でできるかもしれない。

自分で果物を切る。

自分でおやつを準備する。

そんな小さな成功体験を積み重ねてほしい。

その願いが、この道具には込められていたのです。

 

捨てられなかったのは、りんごカッターではなく理想の未来

その瞬間、気づきました。

私が手放せなかったのは、

りんごカッターではありませんでした。

私が手放せなかったのは、

「子どもが自分でできるようになってほしい」

という未来への願いだったのです。

こんまり流の片付けをしていると、

モノそのものではなく、

モノに乗せている想いや期待が見えてくることがあります。

いつか使うかもしれない。

いつか習うかもしれない。

いつか子どもが興味を持つかもしれない。

いつか。

いつか。

いつか。

私たちは意外とたくさんの未来をモノに預けています。

 

「あなたは今も我が家の子どもの自立を支えてくれてる?」

そんな時、私はりんごカッターに問いかけてみました。

「あなたは今も我が家の子どもの自立を支えてくれてる?」

もし、

「たまにだけど役に立っているよ」

という答えなら、残せばいい。

でも、もし、

「その役割は、もう他のものがやっているよ」

という答えなら、感謝して卒業してもいいのかもしれません。

そして、その問いを通して、私はもう一つ大きなことに気づきました。

私が怖かったのは、りんごカッターを手放すことではありませんでした。

本当に怖かったのは、

「子どもが自分でできるようになる未来」

を手放してしまうことだったのです。

でも、そこでハッとしました。

子どもの自立を支えているのは、本当にこの道具なのでしょうか。

子どもを信じること。

挑戦する機会をつくること。

失敗しても見守ること。

選択する経験を積み重ねること。

そんな日々の関わりの方が、ずっと大きな役割を果たしているのかもしれません。

そう考えた時、心が少し軽くなりました。

理想は残していい。

子どもが自分でできるようになってほしいという願いも、そのままでいい。

でも、その理想をモノに預け続けなくてもいい。

「子どもが自分でできるようになる未来」は、このりんごカッターがなくても作れる。

そう思えた時、私は初めて、モノと未来を切り離して考えられるようになった気がしました。

 

それでも私は、この子を残すことにした

そう考えた時、私はもう一度りんごカッターを手に取りました。

そして今度は、

「あなたは必要?」

ではなく、

「あなたと一緒にどんな未来を作りたい?」

と問いかけてみました。

すると、ふと頭に浮かんだのです。

子どもたちと一緒にアップルパイを作る未来。

りんごの皮をむいて、

甘い香りが部屋中に広がって、

焼き上がるのをみんなで待つ時間。

「ママ、まだかな?」

なんて話しながら、オーブンをのぞき込む子どもたち。

そんな光景を想像した瞬間、

私は思わずワクワクしていました。

その時に気づいたのです。

私はこのりんごカッターを、

「子どもの自立のためだから」

という義務感で残したかったわけではありませんでした。

アップルパイを作る未来に、ときめいていたのです。

だから今回は残すことにしました。

もし、未来を想像しても何も感じなかったら、手放していたかもしれません。

でも、ワクワクした。

それが私にとっての答えでした。

 

こんまりで捨てられないモノに出会った時の3つの質問

今回の気づきから、捨てるか迷った時に自分へ問いかけたい質問ができました。

① 本当にこのモノが必要なのか?

今の暮らしの中で役割を果たしているでしょうか。

過去ではなく、今の生活で考えてみます。

 

② このモノに理想の未来を託していないか?

捨てられない理由がモノそのものではなく、

未来への期待になっていないでしょうか。

 

③ その未来を想像した時、私はワクワクするか?

義務感や不安ではなく、

心が動く未来でしょうか。

もしワクワクするなら、そのモノはまだ役割を持っているのかもしれません。

 

まとめ|理想をモノに預けるのをやめる

こんまり流の片付けは、モノを減らすことが目的ではありません。

自分が本当に大切にしたい価値観を見つける作業です。

今回、私が手放せなかったのはりんごカッターではありませんでした。

「子どもが自分でできるようになってほしい」

という願いでした。

そして、その願いはモノがなくなっても消えることはありません。

でも今回、もう一つ大切なことを知りました。

理想をモノに預けるのはやめてもいい。

だけど、心がワクワクする未来まで手放す必要はない。

だから私は、このりんごカッターを残すことにしました。

アップルパイを焼く未来に、ときめいたからです。

もし今、手放せないモノがあるなら、自分に問いかけてみてください。

「私はこのモノを残したいのだろうか?」

それとも、

「このモノに託した未来を残したいのだろうか?」

そして、その未来を想像した時、あなたの心はワクワクするでしょうか。

その答えの中に、あなたらしい理想の暮らしが隠れているのかもしれません。

 

 

前回のこんまりの様子はこちらへ

www.syuhutago25.com